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花とみつばちおもしろい

想い出の上書きができない場合
それが十年前でも100年前でも
現時点で起きていいる一番新しいことを想いだすことが多い

特に恋愛においては
新しい恋人新しい心想いの人があらわれるまで
一番新しい過去の人を想いだす場合が多いんじゃないだろうかねぇ

節目節目で
お花見や海水浴
秋の黄昏や雪の降る音
などで
一緒にいた人のことを想いだすことが多い

あの頃は楽しかったな
とか
あのころに戻りたいな
とか
考えることはないけれども
とても素敵な記憶として
自分の奥に吸い込んでいく




何が言いたいのか全然わからないけれども
とりあえず愛しい人の隣で笑っていたい
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by lastest | 2009-09-30 00:00

恐ろしく進むのが遅いレジの行列

人間のリズムというやつは
ひとそれぞれ持っていて
その波長が合う人間どうしが
所謂マイペースな付き合いや結婚をするのだろう

足りない部分を補うことが人間の成長に繋がるのならば
せっかちすぎる人には
少々トロいぐらいの人があってるだろうし
トロすぎる人には
少々せっかちな人があうのかもしれない

つまり
あまりリズムが合いすぎると
刺激や成長も少なくなっているのではないだろうか、と

ドッペルゲンガーやアンドロイドは
現世界には存在していないことを前提にして
全く同じ人間に出逢うことは
ほぼないといっていいだろう

少しの違いや少しの気に食わない他人の部分を
少しずつ認めていく
少しずつ受け入れていく

もしそれでお互い幸せになれるんだったら
それはとても素敵なことだと想う

うん
そう想う
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by lastest | 2009-09-28 23:28

平和がいいにきまってる。。。

そのー
税金というのは
いわゆる公務員の給料になってゆくのもあるわけで
そういった意味では
役所にクレームをつけるのも
一般企業という視点で考えれば
じつはそんなに理不尽なことではないのかもしれん

しかし
消費税も8パーセントになるとか
色々増税は叫ばれているとは想うけれども

たとえばガソリン税とか
抑制すべき消費に対する増税ならわかる気がするけども
エコカー減税や補助金なんかで
一家に一台はあるクルマの消費を藍っておいて
食料や日用品に係る消費税を増税ってのは
なんか矛盾してる気がするんだけれども

ちがうのかしら?

猫村さんの文庫はやく次でないかしら?
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by lastest | 2009-09-26 00:16

恐る恐る泥棒

起爆剤となるものが自己の中に存在する
陽にせよ陰にせよ
いずれ着火して爆発していくはずなんだ


成功者となって別荘を持ちランボルギーニに乗る

世の中の仕組みが嫌になって自ら命を絶つ


起爆剤に着火した両極端の例
どっちが幸せなんだろうか
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by lastest | 2009-09-24 20:56

街の風景が逆さに見える

にゃんちゃんがかわいい

外から帰ってきて
布団に座ったのだけれども

その布団にウンチがついてしまって
それを嗅いだにゃんちが
砂をかけるしぐさをした
布団なのに
爪が引っかかってるの

かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい


そして
今のにゃーにゃー鳴いている
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by lastest | 2009-09-19 22:56

渡るな危険が吊り橋の反対側に

想い出のものは
代わりが効かない

記憶や思考は自分が記憶から抹消しなければ
盗まれる心配はないが
物理的に存在しているものは
盗まれる
もしくは
紛失する可能性がある

とても大切な
なにものにも代えがたい本があった
その本は何回も重版されており
存在自体は貴重なものではなかった

失ってしまった今となっては
どうしても取り返すことのできない
同類品
つまり同じタイトルの本をプレゼントされたが
もう
あの本に出逢えることは二度とない
おそらく

焼却されていなければ
微々たう可能性ではあるけれど
再びである可能性はある

でも
これでいいのだと想う
これがいいのだと想う
本がなくなったことによって
より鮮明になった
より新鮮になった
記憶の欠片がだんだんつなぎ合わさってきている
ひとつひとつではあまり意味の持たない欠片たりは
宇宙全体がパズルになったかのように
壮大なノスタルジアを感じさせてくれる

本一冊分の隙間ができたので
オレは本一冊分の新しい想い出を感じることができる
ということだ

忘れないこと

囚われること

意味が違う

囚われなくても
忘れずにいることは
出来る

思いがけない出逢いをしたときは
やわらかい幸せを感じることができる

その幸せも新しい幸せのために
スペースを空ける日がくるだろう




死神の精度
という映画を観た
原作は読んでいたのだけれども
また違った印象を受けたので
それはまた後日、に
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by lastest | 2009-09-18 23:50

俯くイルカの鼻歌

時間はお金では買えない
未来でも過去でも使える言葉

これから築くべき未来は
本当はすごく素敵な時間になるはず
対価としてのお金ではなく
経験を時間で買うべきなのであろう

過ぎ去っていった過去は
二度と戻ることのできない宝物
戻るために無量大数の現金を積もうが
決して戻ることは出来ない 絶対に

今こうして何も生まない文章を書いてる一秒でも
別な場所にいれば
別なことを考えていれば
別な人間を生きれば
生産的な時間を過ごせていたのかもしれない

というか
生産的な時間って何だ
誰か教えてくれ

コメントしてってけろぉ
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by lastest | 2009-09-18 00:27

パンがないならパンを作ればいいじゃない

とりあえず生活がひと段落して
自由になる時間が格段に増えた
いや
逆に減った
のか、、、

とりあえず
ずっと溜ってたやりたいことをやってみよう
と考えて
映画に出かけたり
逢いたかった人と逢ったり
ドライブしたり
絵本かいたり
猫と戯れたり
ネタ書いたり
ピアノ弾いたり
ドラム叩いたり


少し考えただけでも
地球の人口を超えてしもうたよ、、、

ありがちなことだろうけれども
自由な時間が増えると
やりたいことは少なくなる
拘束時間が増えると
やりたいことがウナギ登りに増える

鼠年の年賀状はかわいいが
実際のネズミは結構怖い
うちのにゃんちが
たまに死骸を加えて帰ってくる
それを処理するのはオレの役目で
ビクビクしながら割りばしでつまむ
生きかえりゃしねーよなぁ
とかねぇ

うちのにゃんちは
鼠の置物を
ちょいちょい
と猫パンチで落っことして
独り
もとい一匹でびっくりしてた
落としたの自分なのに、、、
カワイイぃ

というわけで
まずやりたいことのひとつとして
にゃんちと戯れることにしよう


にゃーーーーーーーーーーーーー
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by lastest | 2009-09-15 21:37

カーラジオの雑音

オレにとって
心の平和は人生への弊害となる

なるほど
オレは怠け者であって
考えなければならないことがなければ
物事を考えることをやめてしまう
脳みそが使わないものを詰め込んだ物置のように

確かに
日常が平和なことはとても素敵なことで
平和ではないということは
精神が崩壊しているということだ
極端な話し

ボーっとする時間は
とても大切だし
とっても好きな時間だけれども
それだけでは何も生まない
それが
オレという人間なのだろう

少し前は
大きな理由もないのに
精神的に大きく乱れることが定期的になって
そういった時には
普段思い浮かばないような思考や
普段起こさないような行動を起こしてきた

オレにはそれがとても幸せな時間で
誰にも奪ってほしくなくて
そのスタンスは変えるつもりはなかった

つまりその時間は
諦めるための準備や
失うことへの準備の時間だった

そのために
オレはどうすればいいのか
オレは何をいえばいいのか
よかったのか
ではなくて
いいのか
を考える
未来のことを考える時間だった

でも
特に最近は
未来のことはあまり考えてなくて
といえば過去のこともそんなに考えてなくて
なにも考えていない時間が多い
知識の吸収だけに時間をとられてしまって
それをしっかりと咀嚼しきれていないというか
自分の言葉にすることができない
自分の中でしっかりと発展していかないんだ

そういった意味で
心の平和は人生の弊害になる
とはいえ
自ら心を崩壊させるわけにもいかないしなぁ
とりあえず
お好み焼きでも食べにいこうかしら
皆藤愛子
かわええなぁぁぁ
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by lastest | 2009-09-11 23:55

木枯らし吹くアカシック・レコード

目標に近づいた

具体的に分かることは精神的にいいものだ

何かの形に表れると
自分が今どの位置にいるのか
自分はあとどれくらいでゴール出来るのか
というのが再確認できる

その前にゴールを具体的にしなければならないのだけれどもねぇ

それはさて置き
具体的になることは精神的にいいと記したが
精神的に具体的になることは
けっこうしんどいことがある

自分がいまどうなっているのか
自分がこれからどうなってしまうのか
わからないままのほうが
いい
ことも
ある。。

じゃあ
なぜ精神科や心療内科が流行しているのか
それはたぶん
明確にしたほうがいい
とか
このままがいい
とか
それすらもわからなくなる人間が
他人にいわれてやっと足を運ぶところが
そういったところなのだろう

精神科や心療内科に足を運ぶ
ということは結構な勇気がいることで
その行動を起こした時点で
所謂精神病といわれる心のわだかまりは
ある程度ほぐれていたりする

数年前に『症例A』という本を読んだ
たしか精神病的なフィクションだったと思うのだけれども
如何に精神科医が神経を研ぎ澄まして
病名を判断しているのか
精神病患者に接しているのか
それが印象に残っている

確かに
細い糸一本でかろうじてつながっている状態の人間に
布にも刃にもなる言葉というものを投げかける
受け取られ方は千差万別で
同じ人間に同じ言葉を発しても
違うレスポンスが帰ってくる場合がある

自分と一番長い時を過ごすのは自分なのだから
自分のことを理解していなければ
お話にならないことも生きてるうちにでてくるだろう

果たして
専門知識をたくさん勉強した精神科医と
24/7で自分接している自分
自分に詳しいのはどちらなのだろう。。
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by lastest | 2009-09-08 00:02